こんにちはMITSURUです。
先日読んだ「誰がアパレルを殺すのか」の中に桃太郎ジーンズについて取り上げられていた。

桃太郎ジーンズの店舗は昔、家の近く岡山市中畦店があったけど閉店してしまった。
今は移転して岡山駅店になっています。
個性的なネーミングやロゴが気にはなっていたのですが行く機会がなく、そのまま忘れていました。
オンラインショップもありますがアクセスしたことはありませんでした。
桃太郎ジーンズオンラインショップ
桃太郎ジーンズって知らない方もいると思うので本に書かれていた紹介記事をどうぞ。
桃太郎ジーンズとは2006年に誕生しました。1965年に日本で初めてジーンズの生産が始まった場所と知られる岡山県倉敷市の児島地区で、創業者の真鍋寿男ガ1992年に生地メーカーの「コレクト」を立ち上げたことから始まる。古くから繊維産業の一大集積地として全国的な知名度を誇った児島地区も、中国が世界の工場としておりものや縫製に力を入れ始めると、価格競争が激化。活性を全国からの実習で賑わった工場は閉鎖が相次ぎ、空洞化が進んでいった。
若い頃からそうな光景を見てきた創業者の真鍋氏には一つの確信があった。「大量生産で中国と戦っても絶対に負ける。それなら日本でしか作れない商品にこだわるしかない」
独自性の高いデニム生地を作るため、他社の工場で埃をかぶっていた約半世紀前の旧式力織機を買い集めた。力織機とは動力を用いて自動で生地を織る機械のことで、それを自分たちの手でカスタマイズして記事を作ることから始めた。
なぜこの旧式の力織機を使うかと言うと、ジーンズの愛好家は履き込むことで起こる色落ちがねじれなどの変化を楽しむ。 最新式のお力だと織り機だと織る力が強いので生地表面が均一になるが、旧式はゆっくり織るため、、表面に綿本来の凹凸が生じて、絶妙なムラが出る。これが、履き込んでいくうちに美しい色落ちにつながる。旧式の力織機はもう生産されていないため、他社が同じような生地を作ろうとしても、そもそも織り機自体を手に入れることが難しい。
眞鍋氏の指や爪は今でも薄い藍色に染まっている。創業期間もない頃、工房を作って自分の手で藍染の試行錯誤を繰り返してきた。今でも時間を見つけては工房に立つ。「職人が何を考え、仕事に取り組んでいるのか。自分の体験として学ばなければ、それをビジネスにつなげることはできない。」という持論があるからだ。
岡山県倉敷市にある本店には旧式力織機よりもさらに古い木製の人力織り機を置いてある。手織りのデニム生地を使った、最高級の手作りジーンズを作るためだ。
このようなこだわりのある創業者の手がけたジーンズだったが国内のジーンズメーカーからは値段が高すぎると敬遠されていた。しかし海外の高級ブランドや国内の著名デザイナーからは評価されていた。そしてヴィンテージブームが訪れ この旧式力織機取られた生地が求められた。
元々桃太郎ジーンズの桃太郎というネーミングは社内で大反対されていた。しかし海外進出を視野に入れていたの。「我々はこういう存在です」と海外で説明できる名前にしたかったタメ桃太郎ジーンズになった。
桃太郎ジーンズは一本2万円以上する高級ジーンズですが、「10年保証」があります。桃太郎ジーンズを買った客は、必ず一枚の証明書を手渡されます。それがあれば、縫製のすりきれや、ファスナーの破損など10年間無料で修理してもらえる。低価格帯ジーンズにはできない付加価値をつけ差別化を鮮明にしている。
そして創業初年度には1億円程度だった売上高は、2017年2月期には40億円を突破した。2020年2月期には50億円を目指している。
こんなすごいデニムメーカーが身近にあったなんて知らなかった。
私も岡山のデニム生地は好きで、
Prpsという高級デニムブランドを愛好していたので興味をそそるメーカーです。
Prpsとはニューヨークの高級デニムブランドで中には1000ドル以上するジーンズも販売されています。
なんにしろ一度は店舗に行って、触れて、履いてみなきゃいけないですね。
